
『エリアレポート』では毎回ECOTエリアの名所をご紹介します。
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『富部神社』2002年10月号
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●富部神社
創立ははっきりしませんが、 慶長八年(1603年)に、当時の清洲城主であった松平忠吉公が素盞鳴尊を主神として祀った祠をこの地に移したと、文献上にあるのが最も古い記録です。
その後、松平忠吉公が病気のために苦しんだ時、この神社に平癒の祈願をしたところ、日ならずして快方に向かうことができたことから、その報恩のしるしとして、慶長十一年(1606年)本殿・回廊拝殿を建て、現在にその姿を留めています。
本殿は、昭和三十二年に国の重要文化財に指定されています。
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※まめ辞典
【素盞鳴尊(すさのおのみこと)】
古事記・日本書紀・各風土記に見える神で、伊邪那岐命(いざなぎのみこと)と伊邪那美命(いざなみのみこと)の子とされています。
”天の岩戸”の神話で有名な天照大神の弟でもあり、その性格の凶暴さから高天原を追放されましたが、後に八岐大蛇(やまたのおろち)を退治したり、新羅に渡って植林法を持ち帰ったりしたとされている為、暴風神・農業神・英雄神など多面的な神とされています。
【松平忠吉】
徳川家康の四男、同じく三男で二代将軍となる秀忠の弟、幼名福松丸。 一族の東条松平家の名跡を継ぎ、文禄元年(1592年)武蔵忍城主となり、関が原の合戦(1600年)では逃走する島津勢を追って負傷しましたが、戦勝の加増で清洲城、薩摩守62万石の太守となりました。
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(Microsoft/Shogakukan BookShelf Basic ver2.0より)
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●明治天皇御駐蹕之處の碑
正面の鳥居をくぐって、すぐ右側に立っている直方体の石碑です。
慶応四年(1868)三月、奠都の為に江戸へ向われる明治天皇が鳳輦を駐蹕し休息された場所に、村人が記念として建てた碑で、もとは、神社の東海道口参道の南隅にありました。
その後、交通事情から現在の場所に移されたそうです。
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※まめ辞典
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奠都(てんと) |
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都をその地に定めること。首都を建設すること。 |
| 鳳輦(ほうれん) |
… |
盛儀の行幸の際に天皇が乗られる御輿。 屋形の頂上中央に金銅の鳳凰が飾ってあるところから、こう呼ばれています。 |
| 駐蹕(ちゅうひつ) |
… |
天皇が行幸の途中で、一時乗り物をとめること。 一時、その土地に滞留すること。駐輦(ちゅうれん)とも言います。 |
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(MicroSoft/Shogakukan Book Shelf Basic ver2.0より)
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●石燈籠
境内には幾つかの燈籠がありましたが、二つ(正確には三つ)程、見所のあるものを紹介します。
一つ目は、先ほどの「明治天皇御駐蹕之處の碑」のすぐ脇に一つだけポツンとあるもので、裏には”嘉永七甲寅(きのえとら)春”と彫られています。
嘉永七年(1854年)春は、その後の幕末動乱・明治維新への大きなきっかけの一つとなった日米和親条約が結ばれた時期に当たりますから、そういったことを憂えた人が寄進したのかも知れません。
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もう一つは、鳥居から本殿に向かって少し歩いたところの両側にあります。
その燈籠の裏には ”文化四丁卯(ひのとう)歳五月”とあります。
文化四年(1807年)は、各列強国がアジアに進出してきつつある中で、ロシア船が北方領土近海に来航し、住民らに危害を加えるといった事件などが発生していました。
これもそういった不穏な諸外国の動きから日本を守るという祈念から寄進されたものかも知れません。
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●御神木
鳥居から本殿へ向かって、本殿の少し手前左側には、しめ縄を巻いた御神木が立っています。
幹はかなりの太さで、説明には”樹齢二百余年”と書いてありますから、江戸中期から現在に至るまで、この近隣の変遷を見てきたのでしょう。
枝が大きく広がって、丁度良い木陰を作り出していました。
じっと見上げていると、何か語りかけてきそうな気がする木です。
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残念ながら、本殿は通常一般公開されていないようで、周りに廻らされた回廊の隙間から覗き見ることしかできませんでした。
しかし、取材を終わって面白いことに気がつきました。
本殿から鳥居に向かって、江戸初期から大正年間の間に歴史が大きく動こうとした時期をポイントにして主要な建造物が並んでいるのです。
つまり本殿から鳥居へ向かって歩けば、江戸初期から大正年間(本文中には記載してありませんが鳥居は大正年間の建造です)の日本史の流れを伺い知ることができるというわけです。歴史のある神社・仏閣は、皆そうなのかも知れませんが、今回改めて認識したことで少しだけ得をした気分になりました。
皆さんも、一時、タイムトリップを楽しまれては?
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また、隣の呼続公園の池のほとりには、「源頼朝公旗掛松」があります。
源頼朝公が上洛の折、ここに旗を掛けて休息を取ったといわれる松です。さすがに幹が太い!800年の歴史を感じさせるだけのことはあると思います。富部神社に参拝された折は是非、立ち寄って見てください。
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●富部神社
南区は呼続町4丁目、名鉄名古屋本線の桜駅から西へ徒歩で10分程行ったところにあります。
すぐ隣には緑に囲まれた呼続公園があって静かな佇まいを見せており、また、正面鳥居の前には、表参道であったと思われる真っ直ぐな道があって、昔日の面影を残しています。
・呼続公園に無料駐車場有り
リポーター:Miyazawa & ごっちゃん
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