
『エリアレポート』では毎回ECOTエリアの名所をご紹介します。
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『くつ塚』2002年6月号
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(名古屋市南区浜田町2丁目・浜田遊園地)
浜田遊園地に建っている「伊勢湾台風殉難者慰霊之碑(じゅんなんしゃいれいのひ)」を通称「くつ塚」と呼んでいます。
伊勢湾台風は昭和34年9月26日、名古屋地方を襲い、その被害はいままでに例を見ないほど大きなものでした。
特に、南区はその犠牲者が多く、1,417名と名古屋全体の75.6%にも及びました。くつ塚のある宝学区だけでも大江川決壊のために307名の死者が出、くつ塚付近では288名の人たちが濁流にのまれました。
2週間後にやっと水が引いたとき、アシの根元やたんぼなどに取り残された長靴が集められ、その場所に花と線香が絶えませんでした。
それを見た新聞記者が「くつ塚」を記事にして以来、「くつ塚」の名称が付けられました。
翌年、伊勢湾台風の教訓を現在に伝えるため、「伊勢湾台風殉難者慰霊之碑」が建てられました。
【引用文献:南区の歴史探訪(ブックショップ「マイタウン」)】
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◇◇◇風速がすごかった◇◇◇
伊勢湾台風は、勢力(せいりょく)が非常に強く、時速70キロのスピードで通っていきました。台風の中心のすぐ東側に入った伊勢湾付近では、平均風速40メートル以上の暴風(ぼうふう)になりました。
◇◇◇上陸後も勢力が衰えなかった◇◇◇
ふつう、台風が陸上を通ると、地形の影響(えいきょう)を受けて弱められ、だんだん勢力が衰えます。しかし、伊勢湾台風は大型で、上陸後2時間くらいで襲って(おそって)きたため、勢力が衰えていませんでした。
◇◇◇高潮(たかしお)が押し寄せた◇◇◇
湾の入り口から奥の方に向かって強い風が吹き、気圧が下がるとき、大きな高潮がおこります。伊勢湾台風は最悪のコースを通り、高潮は海岸から15キロも内側まで襲い、住宅地や工場地帯をのみこみました。
◇◇◇暴風や高潮が夜の間におきた◇◇◇
高潮が海岸の堤防(ていぼう)をこえて襲ってきたのは午後8時ごろからでした。暴風のため、夕方から停電(ていでん)し、ラジオの台風情報も聞けませんでした。暗闇(くらやみ)の中で避難(ひなん)や救助活動(きゅうじょかつどう)も思うようにできず、被害が広がりました。
◇◇◇貯木場(ちょぼくじょう)の木材(もくざい)が町を襲った◇◇◇
高潮に襲われた名古屋市の南部では、ほとんどの家が被害を受けました。名古屋港の貯木場にあった25万トンの木材のうち、20万トンの木材が高潮に流され、住宅地を襲いました。流木で、たくさんの家が壊されました。
【引用文献:伊勢湾台風物語(学習研究社)】


私は今まで伊勢湾台風の被害について詳しく知りませんでしたが、今回の取材を通してその被害の大きさを実感することができました。
中でも、南図書館の『伊勢湾台風コーナー※』で閲覧した被害の様子や当時のくつ塚を納めた写真には強い衝撃を受けました。
南図書館には『伊勢湾台風コーナー』があり、当時の貴重な資料が保管されています。機会がありましたら、ぜひ一度閲覧することをおすすめします。
※閲覧にはカウンターで簡単な手続が必要です。
■南図書館 (千竈通2-10-2)
| 開館時間 |
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| 平 日 |
AM 10〜PM 8 |
| 土 曜 |
AM 10〜PM 7 |
| 日 曜 |
AM 10〜PM 5 |
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| 休館日 |
| 月曜日・第3金曜日・国民の祝日(月曜日と重なった時は翌日も休館、ただし日曜日と重なった時は開館し、月・火曜日が休館)・年末年始など |
リポーター:MAKI-bou
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